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友達いない40代はダメ?孤独を「カッコいい生き方」に変える方法

友達いない40代はダメ?孤独を「カッコいい生き方」に変える方法
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「友達がいない40代=寂しい人」という思い込みを捨てよう

人生80年オーバー時代。
40歳といえば、人生まだまだ折り返し。

働き盛りの遊び盛りというアツい年齢である。

だけど…

40代になっても、LINEの通知は登録済みの店舗やサービスから届くお知らせメッセージばかり、メールを開けば営業臭バリバリのステップメール。

生身の人間からのお問い合わせは、ほぼゼロに等しい。

「自分は人として何か欠陥があるのか」とだんだん不安になってくる。

そういった40代に、「だからどうした?」と私は言いたい。

「友達は多いほうがいい」というのは、本当に真実なのか?

そこをまず疑ってみよう。

「40代になっても友達がいない」ことは、何が善くて、何が悪いのか。

その問いの答えにできるだけ近づいてみたいと思う。

友達いない40代に知ってほしい「3つの友達レベル」

哲学者アリストテレスは、「友情を3つのレベルに分類する」という何の役に立つのか分からないことを成し遂げた。

まあ、それが哲学であるとすれば、まさにその通りだ。

レベル1:メリットがあるからつきあっているオトクな友達=有用性の友情

お互い何らかの役に立つからとつきあいが続いている友達関係。

授業の代返をしてくれる
宿題を教えてくれる
仕事を手伝ってくれる
何かとおごってくれる
あいつは弁護士だから困ったときには頼れる

という便利に使える人間。
ドラえもん友達というか、コンビニ友達というか。

つきあっていて損はないから、友達でいるという関係だ。

こういった友達とは、環境の変化や時間の経過によって、多くがつながりを失っていく。

そもそも「便利に利用できる」という役割でつながっていた関係なので、仕方がない。

こういった関係が失われても「ああ、友達がいなくなった」とは思わないものだ。

レベル2:一緒にいて楽しいからつきあっている友達=快楽の友情

趣味が一緒
愚痴を言い合う関係
飲み仲間

いわゆる「普通の友達」関係である。
共通の趣味や思考を持ち、一緒にいると楽しいから一緒に過ごす。

最も単純で、後腐れのない友達関係と言える。

40代になると、仕事、家庭、趣味嗜好の変化や体力の問題など、様々な要因でこういった「楽しみの関係性」から遠ざかっていく。

40代はとにかく「忙しい」のである。

これは友人関係の賞味期限が切れたようなもの。

同じ趣味思考や共有できる時間といった「共通点」がなくなれば、自然と消滅していく友達関係なのだ。

これも気にする必要はない。

レベル3:心から尊敬しあえる親友=善の友情

お互いの人となりや人生観、考え方など深い部分で共感ができる友達、いわゆる親友だ。

親友と2文字で表現できるほど軽い関係性ではなく。

お互いの敬うだけではなく、1人の幸せを自分のことのように喜び、相手が間違った道を歩もうとするならば、決死の覚悟でそれを止められるような勇気も持ち合わせている。
そのような関係性でなければ、親友とは言えない。

40代になってなお、このレベルの友人がいるとすれば、それは大切にするべきだ。

「本物の親友」は、人生における最高の財産と言っても過言ではない

40代の友達関係は、レベル1と2を追いかける必要がまったくない。
彼らとの関係をぐだぐだと続けるくらいなら、家族サービスや自分を成長させる時間に当てたほうが人生が充実するだろう。

とはいえ、レベル3の親友は、人生において1〜2人いれば十分な存在。

友達が欲しいと思うなら、ぜひレベル3の親友を見つけて欲しいものだが、40代になってから見つけるのは至難の業だろう。

【関連記事】
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友達いない40代人生をRPGに例えてみる

大人になって選ぶ「クエスト」が変わった

40歳になった今は友達がいないければ、小中高と学生時代はそれなりに友達がいて、みんなでワイワイ過ごしたり、遊んだりしていたという思い出は残っている。

もはや「何もかも皆懐かしい」(宇宙船艦ヤマト艦長・沖田十三)過去の記憶になってしまってはいるが、確かにその頃は友達がいたのだ。

学生時代の遊びといえばいろいろあったが、我々にとって「テレビゲーム」は外したくても外せない定番中の定番だ。

幼稚園の時に「ファミリーコンピューター」が発売され、スーパーマリオの虜になった。
魔界村だのグラディウスだのくにおくんだのにハマりつつ、やはり私たちの夢中にさせたのは、RPGである。

ドラゴンクエスト3が発売した時の熱狂ぶりは、40年近く経過した今でも覚えている。

たまたま訪れたショッピングセンターの玩具売場に、たまたま入荷していたドラクエ3を見つけ、親に土下座をする勢いで買ってもらったことは、良き思い出だ。

ちなみに私は「ドラクエ派」で「ファイナルファンタージ」はゲームボーイの聖剣伝説以外プレイしたことはない。

まさかエニックスとスクウェアが合併することになるとは、この頃は露とも思っていなかったのだが…

まあ、それは良いとしてRPGである。

ドラゴンクエストの「クエスト」とは、英語で「探求」や「冒険」、何かを「探し求めること」を意味する。

人生自体が「壮大なクエスト」といっても過言ではない。

その「人生ゲーム」ならぬ「人生クエスト」は、年代によって当然のごとく内容が変わってくる。

小中高のいわゆる「学生時代」。
我々に与えられたメインクエストは、「友達とみんなで過ごす」であった。

学校、部活動、習い事、そしてプライベートの活動など。
その多くが「友人と過ごす時間」になることが多い。

そういった人付き合いの中で、人間同士のコミュニケーションを探求したり、背伸びした冒険をしたり、「成長して大人になるとはなんぞや」という真実を探し求めていくのだ。

やがて、自分たちのクエストをクリアした子どもたちは、大人への階段を登っていく。
青春時代、青年時代を過ぎ、気がつけば40代。

40代に課されるクエストは、10代の頃とは根本的に異なる。

「仕事に熱中する」
「家族や子どもを守る」
「健康を維持して元気に暮らす」

など、それぞれの生活に合わせた難しいクエストに取り組んでいる真っ最中だろう。

つまり、40代という大人が挑むクエストには「友達」が必要とされていないのだ。

無理のあるパーティーは「全滅」の末路をたどる

子ども時代と違い、大人になると人間関係は複雑になる。
「好き嫌い」だけでは解決しない問題が多々発生するのだ。

中でも、価値観が合わない人、考え方がまったく異なる人と関係することは、想像を絶するストレスとなる。

人間40代にもなると様々な経験を積んでいるので、それぞれで固まった自分の価値観というものに固執しがちだ。

故に、複数人でパーティーを作っても、上手くいかない。
それどころか、不要なトラブルに巻き込まれて疲弊するといったことも珍しくない。

チームワークのないパーティーほど、脆いものはない。

葬送のフリーレンにおけるパーティーは、魔法使いのフリーレン、魔法使いのフェルン、戦士のシュタルクという3人構成。

ここに僧侶がいればバランスが取れるのだが、「パーティーに入りましょうか?というメトーデの申し出を断っている。

本来の僧侶であるザインの席を確保しておいたという考え方もあるが、リーダーであるフリーレンは、「メトーデが加入することによるデメリット」をより重く感じたのだろう。

これは現実の世界でも同じだ。

私は、20代後半から結婚するまでフットサルサークルで週3回ほど活動していた。
同年代が10〜15人ほど集まってチームを作っていたが、その中にはどうしても「招かれざる仲間」が登場してします。

俗に言う「空気が読めない」「自分勝手」「和を乱す」「何となくムカつく」という評価をされてしまう人間である。

こういった人物がパーティーに加わると、当然のことながらコミュニケーションはギズギズしがちになる。
かといって、面と向かって「お前出ていけ」と言うわけにもいかない。

結果、パーティーの多くの人間が「我慢を強いる。ストレスを抱える」という状況になってしまう。

不要なパーティー=友達付き合いをすることは、40代にとって厄介事を抱えるリスクがあることを理解しておくべきなのだ。

10代の頃と同じ感覚で友達付き合いをしようとすると、痛いしっぺ返しを喰らうことにもなりかねない。

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友達いない大人は普通なのか?をこの多様性社会で論じることは無意味だ

「友達いない40代はかわいそう」って誰が決めた?

「人間は一人じゃ生きられない」という考え方=共同体主義

「共同体主義(コミュニタリアニズム)」というのは、「人間はバラバラの個人として生きているのではなく、家族や学校、地域社会、国家などの『コミュニティ・つながり=共同体』の中にいるからこそ、本当の自分になれる」という考え方である。

人間が原始人だった頃は、「独りになる=死」というのが当たり前だった。

だからこそ群れを作り、社会を作り、助け合うことで生き延びようという動物的な本能が備わっている。

現代人、特に真面目な日本人は「社会のルールを守る」ことを重視する。

学生時代から「みんな仲良く協力してがんばる」ことが良いこととされ、「独り孤独に活動している」と協調性がなく、どこかサボっているようなイメージで見られてしまうところがある。

1人の人間はパズルのピースであり、社会や人間関係という大きなパズルの中に、自分の居場所を探し、そこにぴったりハマることで社会への従属感や安心感を得られるのだ。

40代という社会の中心にいる世代にも関わらず「友達がいない」というのは、「自分というピースがハマる場所がない」という不安感、焦燥感を抱かせるものなのだと考えられる。

何かと自由であることが尊重される現代にあって、「友達がいないから寂しい」と感じるのは、あなたが「至極まっとうな人間」であることを意味している。

功利主義に見る「友達がいないことの損得」

功利主義とは、簡単に言うと「みんなが一番幸せになれる最適な道を進んでいくことが正しい!」という考え方だ。

功利主義というメガネで「友達がいない40代」を見てみるとどうなるか。

プラス面は、

  • 気の合わない嫌な人間と付き合わなくて良い
  • 自分のためにお金と時間を自由に使える
  • 人間関係のストレスが減ってハッピー

といったところだ。

逆にマイナス面は

  • 自分が困った時に助けてくれる人がいない
  • コミュニケーションの相手がいなくて寂しい
  • 望まない付き合いで時間やお金を浪費する

といったもの。

つまり、損得勘定をして、「無理に友達を使ってストレスためるくらいなら、孤独で自由な方が幸せだぜ!」というなら、1人で自分の人生を楽しみ、幸せ度を上げていけば良いのだ。

「友達がいない」という状態も、「本人がそれで満足」であるなら、決して悪いことではないのである。

「友達がいないのは、実はいいこと」という逆転の発想

メンタル最強は「自分1人」で満足できる人

ストア派に所属する哲学者はこんなことを言っている。

「他人の機嫌に振り回されるのは、自分の人生のハンドルを他人に渡しているのと同じだ」。

ストア派の哲学者

人間生きていると様々なことが起こるが、それは「自分で制御できること」と「できないこと」の2種類に大別できる。

自分で制御(コントロール)できないことに頭を悩ませるのは、時間の無駄であり、不幸なことだというのが彼らの考え方である。

40代で友達がいない人は、どうしても周りと自分を比べてしまう傾向にある。

「自分は人付き合いが下手だ」
「どうやったら友達ができるの?」
「周囲から、孤独で寂しい奴だと思われているかも」

そんな不安に苛まれてはいないだろうか。

そういった人々こそ、強固なメンタルを持つべきなのだ。

他人が自分をどう評価するかは、その人の自由である。
勝手にやれば良い。

しかし、あなた自身が「私は友達がいなくて孤独だが、自由であり、人生は充実している」と確信できれば、それこそが最強のメンタルである。

孤独は「寂しい時間」ではなく「誰にも邪魔されずに過ごせる自由な人生」なのだ。

他人の評価や一般常識にとらわれることなく、「自分はどうやるべきか、ありたいか」を考えよう。

孤独は超人への第一歩

「友達がいないことを嘆く必要はない。君は今、他人の評価という鎖を断ち切り、自分の人生を『遊び』のようにクリエイトする『超人』への道を歩んでいる。過去の自分を乗り越え、新しい星を自分の中に生み出せ。孤独こそが、その輝きの源なのだから。」

ニーチェ

友達がこうしてるから、自分も同じように行動する
「普通はこれ」だから自分も同じようにする

これは人生をつまらなくする要因の一つだ。

友達という群れの中にいることで、人は安心できるけれど、「確固たる自分」は薄れていく。

孤独というのは、不安も大きい。
しかし、そこからは新しい何か、新しい自分が生まれてくる可能性がある。

ニーチェのいう「超人」とは、友達や他人、世間というモノサシを捨て去り、自分自身のモノサシで世の中を測り、楽しみ、笑える人のことだと考える。

私は10〜30代で、一応の「友達づきあい」をやり終えたと思っている。

もう友達は「おなかいっぱい」なのだ。

だからこそ、40代はそこからレベルアップをして、「自分の人生を生き、表現すること」に徹したい。

まだ「無駄な友達付き合いに疲弊しているの?」と言われて、ドキッとしたあなた。

行動するなら今だ。

友達いない40代は「良い一人ぼっち」を目指そう

40代になって友達がいない人の多くは「友達づきあいに向いていない」場合が多いと考える。

なんとなく「一人で寂しいなあ」と思いつつ、いざ他人と関わろうとすると面倒になったり、人見知りが激しくつきあい切れない。

潔く「一人ぼっち」を受け入れることで、気持ちが楽になることもある。

悪い一人ぼっちは、「どうせ自分は友達がいないし、一人で寂しい人生だ」などと後ろ向きな考えにとらわれ、一人いじけて生きる者。

良い一人ぼっちは、「友達なんていなくても一人で楽しめるし、自分の可能性を広げてがんばろう」と前向きに孤独を楽しめる者。

両者の差は大きい。

まずは「友達がいない自分を認め、自分自身を大切に思う」ことから始めてみよう。

まだまだ40代。
あなたの未来にはチャレンジすべきこと、楽しいことがいくらでも待ち受けている。

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